がんの早期発見、早期治療のために重要な役割を果たすがん検診は、公的なガイドラインに従って行われている。がんを見つけるための検査は日々進歩しているが、それらを有効に活用するためには科学的根拠が欠かせない。日本ではがん検診ガイドラインの改定が続いてきた。直近では、胃がん、大腸がん、肺がんの改定が行われ、今は乳がん検診ガイドライン改定に着手したところだ。長年にわたってガイドライン作りをリードしてきた帝京大学医療技術学部看護学科教授の濱島ちさと氏に、有効ながん検診を行うための課題や展望について聞いた。全5回でお送りする。(聞き手/PREVONO編集長 星 良孝)
──がん検診ガイドライン作成に継続して関わっている。
濱島氏:国立がん研究センター検診評価研究室長でガイドライン作りに携わり、引き続き帝京大学でも継続してガイドライン作りに関わっています。直近では、2014年に胃がん検診ガイドラインの改定版を公表し、2024年に大腸がん、2025年に肺がんの検診ガイドライン改定版を公表しました。そして今は、新たに乳がん検診ガイドラインの改定作業に着手したところです。
──ガイドラインは徐々に変わっている。
濱島氏:大腸がん検診ガイドラインを例にすると、結論としては従来から大きく変えていません。対策型検診としては、住民検診で便潜血検査を実施することが基本であり、大腸内視鏡を直ちに対策型として導入するのは現時点では難しい、という整理になっています。
一方で、肺がん検診は大きく変わりました。元々、喫煙者と非喫煙者で考え方を分けていましたが、長年たばこを吸ってきたような「重喫煙者」への方針を見直しました。
従来は胸部X線と喀痰細胞診を組み合わせる運用が中心でしたが、欧米の無作為化比較対照試験を基に重喫煙者には胸部CT検診を推奨しました。
一般の人は、少なくとも非喫煙者を含む集団に関しては、従来の枠組みを踏まえつつ整理し直し、胸部X線が残るしたという感じです。
喫煙状況に応じた肺がん検診方法の見直し案を示した図。(出典:国立がん研究センター)
──乳がん検診は改定が13年ぶりになる(最新は2013年度版)。
濱島氏:乳がん検診は、しばらくガイドライン改定が行われていませんでした。厚生労働省から改定の要望があったこともあり、改定作業を始めました。まだ本当に立ち上がったばかりで、進めています。
──新しいガイドラインが登場する。
濱島氏:ガイドライン作成の方法論自体も進化してきました。
以前は、エビデンスを調べて評価する人と、その結果を踏まえて推奨をまとめる人が、同じチームとして一緒に作業することが多くありました。大腸がんと肺がんの検診ガイドラインを作る前には子宮頸がんや胃がんのガイドラインも作成しましたが、胃がん検診ガイドライン作成時はまだ十分に役割分担を明確にできなかった時期でした。
過去の役割分担を振り返ると、専門家が限られていたという事情もありました。ガイドライン作成委員会とエビデンスレポートチームを識別しない体制では、「自分たちが研究に携わっている検査や方法を推奨したい」という考えに傾きがちです。論文や証拠を評価する際に、無意識に偏りが入りやすい。
研究に取り組んできた人ほど「これをやりたい」と思う気持ちが出てくるのは自然です。結果として「特定の検査への偏り」になり得るのは問題です。
──本当に有効な検査が何かを中立に見られる必要がある。
濱島氏:ガイドライン作りで重要なのは、公衆衛生の施策として利益と不利益のバランスを考えた上で、利益が最大化される形を探ることです。
同じチームで評価も推奨も行うと、どうしても評価の視点が揺らぎやすい。
そこで現在は、役割を切り分けています。エビデンスを見るチームは、利害関係が比較的少ない立場の人が中心となります。そこで中立的に論文を検証して、証拠を整理します。
その整理結果を受け取って、推奨として現実の制度や運用に落とし込む議論をするのが、ガイドライン作成チームとなります。
こちらのチームには、実際に検診に携わる専門職だけでなく、たとえば検診を実施する立場の医師、プライマリ・ケアで相談を受ける立場の医師、看護師や保健師、市民、疫学研究者(ただしエビデンスの評価には入らなかった人)、場合によっては倫理の専門家など、多様な立場の人に入ってもらいます。
そうした構成になることで、中立性が高まるばかりではなく、整理された証拠をどのように現実の社会に落とし込むかを議論して、実用可能な推奨へと形にしていきます。
──実際にガイドラインがどう使われるか。そこが重要。
濱島氏:検診の推奨では、運用を含めたプログラムとして成立するかが重要になるのです。
というのは、対象がどのような年齢になるのか、間隔はどうあるべきか、現場で提供可能か、受診者が実際に受けてくれるのか、精密検査につなげられるかなどです。
その意味で、多様な立場の人たちが関わることが必要になります。
それでも、作成チームでは、「それはおかしいのではないか」「見直すべき」といった多様な意見が出てきます。そうしたやり取りには時間がかかりますが、合意形成には必要なプロセスだと考えています。
──乳がんはこれから。
濱島氏:乳がんはまさにこれから検討を進める段階なので、お話ししたような体制の下で、今後エビデンスを評価していくことになります。(続く)
プロフィール
濱島ちさと(はましま・ちさと)氏。帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。(写真:編集部)
濱島ちさと(はましま・ちさと)氏
帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。帝京大学大学院医療データサイエンスプログラム兼任教授。医学博士(岩手医科大学、公衆衛生学)。専門分野は、がん検診、医療技術評価(HTA)、臨床疫学、公衆衛生学。1983年に岩手医科大学医学部を卒業後、同大学大学院で公衆衛生学を専攻し博士課程を修了。癌研究会附属病院検診センター医員を経て、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室助手、聖マリアンナ医科大学予防医学教室専任講師などを歴任。2003年より国立がんセンター(のち国立がん研究センター)で検診評価・がん情報分野の要職を担い、がん予防・検診研究センター/社会と健康研究センターにおいて検診評価研究室長などを務めた。2018年から現職。国立がん研究センターのがん検診ガイドライン作成に2003年から関わり、2018年からは文献レビュー委員会委員長としてガイドライン作成の基盤整備にも携わる。IARC(国際がん研究機関)のハンドブック作成(乳がん・大腸がん・子宮頸がん領域)等に参画。学会活動では、日本消化器がん検診学会理事などを務め、第59回日本消化器がん検診学会大会(JDDW2021)では大会長を務めた。日本学術会議連携会員。