がん検診 呼びかけが届かない人に受診してもらうには、帝京大学の濱島ちさと教授に聞く Vol.5

「ナビゲーション」と「シェアード・ディシジョン・メイキング」が検診に求められる

濱島ちさと(はましま・ちさと)氏。帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。(写真:編集部)

 がん早期発見や治療にとってがん検診は重要な役割を果たしている。ここまで見てきたように、新しい検診の技術が登場しても、それが継続的に受けてもらえるかが、効果を発揮する上で鍵だといえる。引き続き帝京大学医療技術学部看護学科教授の濱島ちさと氏に、がん検診をより有効に行うために必要な考え方について聞いた。(聞き手/PREVONO編集長 星 良孝)

──検診は「技術が良い」だけでは回らず、参加率が鍵になる。

濱島氏:今、「個別化」が大切だと言われています。

 それは検診方法だけの話ではありません。受診者への支援の仕方を個別化する、という意味でもあります。

 従来のように「同じメニューを同じ頻度でみんなに提供する」、いわば護送船団方式で回そうとしたこと自体の限界を考える必要があるのです。

 例えば、精密検査をなかなか受けてもらえないという問題があります。それが課題となるのは、大腸がんと子宮頸がんです。

 大腸がんは便潜血検査という簡便な一次検査があるにもかかわらず、陽性になっても精密検査に行かない人が一定数います。改善はしてきましたが、精密検査受診率はまだ70%台で、残りの約3割は精密検査に行っていません。

──放置することは危険なことだが。

濱島氏:便潜血検査が陽性というのは、大腸がんだけでなく、他の疾患の可能性も含めて「何か起きているサイン」です。放置すれば当然リスクがあります。

 一次検査の便潜血は、便を提出すれば終わります。一方、精密検査である大腸内視鏡は、胃の内視鏡よりも受ける側の負担は大きくなってしまう。

──精密検査に至らないのをどうにかできればいいが。

濱島氏:足が遠ざかる理由は一つではありません。大腸内視鏡は、自分でどの医療機関に行くか探さなければならないし、行って診療して予約を取る必要もあります。大腸内視鏡は胃の内視鏡よりも専門性を要することもあり、実施できる施設は限られます。また、検査の前日から下剤を飲むなど準備も必要で、半日はつぶれます。そうした負担の大きさが、受診を敬遠させる。

──そこに対策を打つ必要がある。

濱島氏:できることは多いのです。「なぜ精密検査が必要なのか」を丁寧に説明し、予約の段取りを手伝い、どこの医療機関なら受けられるかを示し、準備の仕方も教える。心配や事情があれば相談に乗る。こうした支援が必要になります。

 私はこうした支援を「ナビゲーション」と呼んでいます。ナビゲーションが効果を持つことは研究でも示されています。

──ナビゲーションの効果は検証済み?

濱島氏:実際、私たちも水戸市でナビゲーションを行い、その効果を確かめています。すると100%ではないにしても、精密検査を受ける人が増えます。主に看護師が関わり、受診者に連絡を取り、医療機関と調整して予約を入れる。「こういう準備が必要です」「検査はこういう流れです」と簡単に説明し、前日にも確認を入れます。終わった後も「大丈夫でしたか」とフォローする。こうした伴走をすることで、精検受診率は確実に上がるのです。

──支援が重要になる。

濱島氏:未受診者を対象に調査すると、「支援があったから受けた」「受けたから見つかった」ということが実際に起きます。

 文書などの簡単な案内だけで、本人任せで検診を受けてもらう仕組みを少し変えていかないと、精密検査受診率も、全体の受診率も上がりにくいと思います。

──ナビゲーションの役割を果たす人が必要になる。

濱島氏:そうしたナビゲーションの役割は、かかりつけ医でも担うことができます。

 例えば、便潜血検査が陽性になった人に、「受けますか、受けませんか」を一方的に迫るのではありません。中には嫌だと言う人もいます。その場合には代替案も含めて相談し、本人にとって何がよいか、受ける必要性はどこにあるかを話し合って決めていきます。

 いわゆる「シェアード・ディシジョン・メイキング(Shared Decision Making、SDM、共同意思決定)」です。

──丁寧な相談が行われることはあまりない。

濱島氏:検診は流れ作業になりやすく、どうしても相談や意思決定支援は行われづらくなっています。元々、検診は「集団検診」として発展してきたこともあり、特にその傾向が強いわけです。

 ただし、現在は、内視鏡検診を含め、開業医など個別の医療機関で受ける機会も増えています。であれば、もっと丁寧に話を聞き、その人にとってどの検診がよいか、なぜ必要なのかを話し合い、継続的な受診も含めて支援できる仕組みが必要だと考えます。

──受診率対策は国や自治体も行っている。

濱島氏:厚労省の受診率対策としては、「コール・リコール」のような手紙の送付は普及しており、8〜9割近い市町村が実施しています。リーフレット配布、クーポン配布など、知識を高めたり動機づけたりする施策もいろいろ行われてきました。

※コール・リコールは、受診勧奨(コール)と未受診者への再勧奨(リコール)を組み合わせた受診促進策。

──それでも、伸び悩む。

濱島氏:施策は「受ける人を増やす」方向には働いても、受けていない人をすくい上げる仕組みとしては弱いと考えられます。受診を勧める声が届かない人たちがいます。

 そうした受けていない人の中には、受けなくてもよい人もいるかもしれません。しかし、本当は必要なのに、困っているのに、誰も教えてくれないから受けられない人もいる可能性があります。しかも、その中にリスクが高い人が含まれる。そういう人たちをすくい上げるシステムを、今後検討すべきだと思っています。

 これまでの受診率対策は、どちらかというと「ソーシャル・マーケティング」の発想に近いアプローチが取られてきました。つまり商品を売るための手法が応用されたわけです。商売ならそれでも成り立つかもしれないが、医療は異なります。アプローチが届かずに脱落してしまった人が、そのまま受けなくなり、病気が重くなってから受診することになりかねず、問題になり得るのです。

──「受けない人」の中に、実は高リスクの人もいる。

濱島氏:受診率対策は単に全体を押し上げる発想から、受けられていない人をすくい上げる方向へ、少し転換しない限り、これ以上伸びにくいのではないかと思います。

 国民生活基礎調査では、職域も含めると受診率は50%とされますが、いろいろ手を打って少しずつ伸びても、結局50%あたりで頭打ちになっていると見られます。しかも、この数字は市区町村が行う住民検診(対策型検診)と、企業が実施する職域検診を合算したものです。つまり「地域で半分の人が検診を受けている」という意味ではありません。

 実際には、職域検診を受けられる人が比較的安定して受診を続けている一方で、地域検診に頼らざるを得ない層の受診率は低いままという二極化が起きているのです。

 職域では、検診車が来て半ば自動的に受ける流れができています。一方、市町村の対策型検診は自分で申し込まなければならない。すると結局、分かっている人しか受けない構造になりやすい。

──検診を積極的に受ける人とそうではない人とばらついている。

濱島氏:職域検診を提供しているところもあれば、提供しないところもあります。正規職員は受けられても非常勤は受けられないといった差も起こっています。職域は国が法制化した対策型検診ではないため、対応が職場ごとにばらついています。

 にもかかわらず、「職場で受けられないなら地域で受けてください」と個人をきちんと誘導し、支援する仕組みがない。そうなると、そこで途切れてしまうのは当然です。

──受けていない人にどうアプローチすれば良いかが大きな課題になる。

濱島氏:人々がどのように検診を受けているのか、データがまとまった「がん検診レジストリ」のような仕組みがあれば一括管理できる部分もあります。実際にはそれはありません。

 結局、基本的には個人任せになってしまっている。そこが、日本の検診の大きな問題点だと思っています。検診は制度であり、どのように運用するかが重要です。受ける人だけを相手にするのではなく、届いていない人にどう届かせるか。そのための支援や管理の仕組みが問われています。(終わり)

プロフィール

濱島ちさと(はましま・ちさと)氏。帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。(写真:編集部)
濱島ちさと(はましま・ちさと)氏。帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。(写真:編集部)

濱島ちさと(はましま・ちさと)氏

帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。帝京大学大学院医療データサイエンスプログラム兼任教授。医学博士(岩手医科大学、公衆衛生学)。専門分野は、がん検診、医療技術評価(HTA)、臨床疫学、公衆衛生学。1983年に岩手医科大学医学部を卒業後、同大学大学院で公衆衛生学を専攻し博士課程を修了。癌研究会附属病院検診センター医員を経て、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室助手、聖マリアンナ医科大学予防医学教室専任講師などを歴任。2003年より国立がんセンター(のち国立がん研究センター)で検診評価・がん情報分野の要職を担い、がん予防・検診研究センター/社会と健康研究センターにおいて検診評価研究室長などを務めた。2018年から現職。国立がん研究センターのがん検診ガイドライン作成に2003年から関わり、2018年からは文献レビュー委員会委員長としてガイドライン作成の基盤整備にも携わる。IARC(国際がん研究機関)のハンドブック作成(乳がん・大腸がん・子宮頸がん領域)等に参画。学会活動では、日本消化器がん検診学会理事などを務め、第59回日本消化器がん検診学会大会(JDDW2021)では大会長を務めた。日本学術会議連携会員。

参考文献

がん検診におけるShared Decision Making推進のためのホームページ.
https://sdm-gankenshin.com/

星良孝

この記事の執筆者

星良孝

PRENOVO編集長。東京大学農学部獣医学課程卒。日経BPにて「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集・記者を担当後、エムスリーなどを経て2017年にステラ・メディックスを設立。ヘルスケア分野を中心に取材・発信を続ける。獣医師。

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