がんの検査や治療が急速に進歩する中、新しい医療技術を適切に利用し、必要な人に届けるための取り組みが進んでいる。
日本癌治療学会は、検査の適正利用に関する見解書の作成に加え、新薬開発を促進する取り組みや市民参加、医療情報の発信など、活動の幅を広げている。
2026年10月22~24日に神戸市で開催された第64回日本癌治療学会学術集会では、23日に同学会理事長の吉野孝之氏が「がんちの飛躍と未来予想図 アップデート」と題して講演した。
新しい検査の適正利用と、新薬開発・導入の遅れへの対応
第64回日本癌治療学会学術集会の会場に設置された「JSCO2026」のロゴ。2026年10月22~24日に神戸市で開催された。(写真:編集部)
- 日本癌治療学会が、複数のがんを調べるMCED検査の見解書を初公表。治療後の再発リスクなどを調べるMRD検査の見解書も改訂。
- MCED検査は自費診療で利用が広がる一方、科学的根拠はまだ十分ではない。学会が適切な利用方法を整理し、従来のがん検診の継続も重視。
- 海外の新薬が日本で開発されず、利用できない「ドラッグロス」への対応も推進。海外学会との連携や診療データの活用に期待。
吉野氏が世界初の取り組みとして紹介したのが、新しいがん検査の一つである多がん種早期検出(multi-cancer early detection、MCED)検査の適正利用に関する見解書の公表だ。
日本癌治療学会は10月22日、血液や尿などから複数のがんの兆候を調べる「多がん種早期検出(MCED)」検査の適正利用に関する初の見解書と、主にがんの治療後に血液中の微量ながん由来DNAを調べ、再発リスクなどを評価する「分子的残存病変(MRD)」検査の見解書第2版を同時に公表した。
日本では、既に血液や尿を使うMCED検査の一部が自由診療として提供されている。一度の検査で複数のがんの兆候を捉えられると期待される一方、検査によってがん死亡率を減らせるかなど、科学的根拠はまだ十分に確立していない。検査の有用性を裏付ける科学的根拠が十分に確立する前から、利用が広がっている。
こうした状況を踏まえ、学会は、MCED検査に求められる性能や対象者、陽性となった場合の精密検査などについて、現時点の科学的根拠に基づく考え方を整理した。また、MCED検査は従来のがん検診に代わるものではなく、既存の検診を継続する必要があることも説明している。
新しい検査が登場しても、その利益や限界が十分に理解されなければ、適切な医療にはつながらない。科学的根拠が十分に確立する前から利用が広がる中で、学会として適正利用の判断材料を示すことを重視した。
また、吉野氏は、新薬の開発をめぐる「ドラッグラグ」や「ドラッグロス」への対応についても説明した。
ドラッグラグは以前から日本の医療の課題とされてきた。2000年代には、海外で使われている新薬が日本で承認されるまでに時間がかかることが問題となった。その後、医薬品の承認審査に要する時間の国際的な差は大きく縮小した。
しかし、2020年代に入り、海外で新薬の開発が進んでも、日本では臨床試験が始まらないといった問題が目立つようになっている。特に、海外の新興企業が開発する薬や、対象となる人が少ない病気の薬などでは、日本で開発そのものが行われない「ドラッグロス」が懸念されている。
海外より遅れて新薬が使えるようになるという問題に加え、そもそも日本で使えるようになる見通しが立たないという問題が生じている。
吉野氏は、こうした課題への対応として、海外の学会との連携にも言及した。海外で開発された新しい薬を日本でも利用できるようにするため、国際的な協力を進める考えを示した。
また、実際の診療で得られたデータを、医薬品の開発や承認審査などに活用する可能性についても紹介した。新薬の有効性や安全性を評価するための情報をどのように集め、活用するかも、今後の課題となっている。
新しい検査を適切に利用するための基準を整える一方、海外で開発される新薬を日本でも利用できるようにする。研究成果を実際の医療につなげるため、専門領域や国境を越えた連携を進めることも、がん治療に関わる学会の重要な役割となっている。
市民が学会活動に参加、YouTube配信に着手
第64回日本癌治療学会学術集会で、記念の盾を手にする河野浩二会長(左)と日本癌治療学会の吉野孝之理事長(右)。(写真:編集部)
- がんを経験した人や家族が学会に参加し、医療者と意見交換する「PAL」を実施。患者や家族の相談を支援する人材の育成も。
- 2026年に市民会員制度を開始。一定の活動経験がある市民が正式な学会員となり、研究発表などにも参加できる仕組みを整備。
- 「がんちスタジオ」やYouTubeの「がんチューブ」で動画配信を開始。がんの検査や治療について、一般の人にも情報を届ける取り組みを拡大。
さらに、吉野氏は、がん医療の専門家だけでなく、がんを経験した人や市民とともに医療を考える取り組みについても説明した。
日本癌治療学会では、2009年から「PAL」と呼ばれるプログラムを通じて、がんを経験した人や家族、支援者が学術集会に参加し、医療者とともに学び、意見を交換する機会を設けている。また、2013年より、一般的な医学的知識と優れたコミュニケーションスキルを持ち、がん患者やご家族の不安を緩和しつつ相談支援し、がん診療連携拠点病院等のがん相談支援センターにつなぐ役割を担う、認定がん医療ネットワークナビゲーター・シニアナビゲーターの育成に力を入れている。
2026年には「市民会員制度」を開始した。PALへの参加や認定がん医療ネットワークシニアナビゲーターとして一定の活動経験を持つ市民が正式な学会員となり、学術集会への参加に加え、演題の応募や研究発表などもできる仕組みだ。医療を受ける側の意見を、研究や医療のあり方に反映させることを目指している。
また、医療関係者や一般向けの情報発信も広げている。2026年7月には動画配信サイト「がんちスタジオ」を開設し、学会の講演や教育コンテンツの配信を始めた。一部のコンテンツは一般にも公開している。
さらに、患者・市民向けのYouTube配信「がんチューブ」では、専門医ががんの検査や治療、治療中の生活上の問題などについて解説する動画を公開している。医療関係者だけでなく、一般の人もがん医療に関する知識を学び、必要な情報を得られる機会を広げている。
吉野氏は、アジアや欧米の海外学会との交流や若手研究者の育成についても紹介した。米国や欧州のがん関連学会との協力によって、若手の医師や研究者が海外の研究施設などで学ぶ機会を設けている。こうした活動を通じて、国際的な研究交流を進め、将来のがん医療を支える人材を育てることを目指している。
がん医療が高度化し、検査や治療の選択肢が増える中で、医学会には研究成果を専門家の間で共有するだけでなく、一般の人にも分かりやすく伝える役割が求められている。また、医療を受ける側の意見を学会活動に取り入れる仕組みも広がっている。吉野氏の講演は、新しい医療技術を実際の診療につなげる取り組みに加え、市民参加や情報発信など、学会の役割が広がっていることを示した。