──今回の研究は「ランダム化比較試験」として行われた。どのような研究方法なのか。
原田氏:参加者を個人単位、または一定のまとまりごとに、マンモグラフィだけを受ける群と、マンモグラフィに超音波を併用する群へ無作為に割り付け、結果を比較する方法です。
本人や研究者の希望で検査方法を決めると、二つの群に偏りが生じる可能性があります。例えば、健康への関心が高い人ほど超音波も希望するといった違いがあると、その後の結果が超音波によるものなのか、参加者の背景によるものなのか分かりにくくなります。
どちらの群に入るかを無作為に決めることで、年齢や健康状態など、結果に影響し得る条件が、二つの群で平均的に偏りにくくなるようにします。その上で比較することにより、超音波を加えたことによって何が変わったのかを判断しやすくなります。
ランダム化比較試験は、参加者の既知または未知の違いによる偏りを二つの群の間で小さくし、検査や治療の効果を比較する研究方法です。
──参加者は自分がどちらの検査を受けるか分かる。それでも無作為に分けることへの理解は得られたのか。
原田氏:薬の試験のように、本人にどちらの検査を受けているか分からない形にはできません。超音波併用群に入れば、実際に超音波検査を受けるため、本人にも分かります。
ただ、J-STARTでは、乳がん検診の基本であるマンモグラフィは全員が受け、その上で超音波を追加するかどうかを比較しました。その点は理解していただきやすかったと思います。
自治体や検診機関の方々にも研究の目的を丁寧に説明していただきました。7万人を超える方の参加と長期追跡には、参加者だけでなく、多くの自治体、検診機関、医療機関の協力が欠かせませんでした。
──地域によって検診の仕組みが異なる中で、どのように無作為に分けたのか。
原田氏:自治体が検診機関に委託している地域もあれば、病院やクリニックで行っている地域もあり、検診の仕組みは地域によって異なります。
一人ひとりを無作為に分けられる地域では、個人単位で割り付けました。一方、施設の運用上、「この人は超音波あり、この人はなし」と一人ずつ分けることが難しい場合には、一定のまとまりごとに分ける「クラスターランダム化」も行いました。
実際の検診の仕組みに合わせながら、二つの群を科学的に比較できる方法を保つ必要がありました。こうして全国42の研究参加団体を通じて7万6196人が参加に同意し、長期解析には7万2661人が含まれました。
──7万人を超える研究では、集めたデータを管理することも難しそうだ。
原田氏:7万人規模になると、研究事務局だけですべてのデータを管理することはできません。データセンターで一括して管理し、統計の専門家にも共同研究者として入っていただきました。
検診を受けたときの結果だけでなく、その後に乳がんが見つかったか、どの段階で診断されたかも確認する必要があります。参加者の人数が多く、追跡期間も長いため、誰のどのデータなのかを正確に管理し、同じ基準で分析できる体制が欠かせません。
──「約15年追跡した」と説明されるが、参加者全員を15年間追跡したということか。
原田氏:研究全体としては、参加者の登録開始から今回のデータをまとめるまで約15年に及びます。ただし、一人ひとりの追跡期間がすべて15年だったわけではありません。
参加した時期や追跡状況によって期間は異なり、今回の解析における追跡期間の中央値は約11年、最長は16.1年でした。
初回検診で乳がんが多く見つかったとしても、それが将来、進行した状態で見つかる乳がんを減らすかどうかは、短期間では分かりません。長期に追跡したことによって、初回検診の発見数だけでは評価できない効果を確認できました。
──今回の論文は、医学誌『The Lancet』に掲載された。どのような意味があるのか。
原田氏:『The Lancet』は、世界の臨床医学の分野で影響力の大きい医学誌の一つです。
医学誌に掲載される前には、その分野の専門家が研究方法や解析、結果の解釈を確認する「査読」が行われます。影響力の大きい医学誌に掲載されれば、世界の研究者や医療関係者に広く読まれ、検診の方法やガイドラインを考える際の議論にもつながります。
今回の研究は、日本人女性、特に40代を対象にした大規模なランダム化比較試験です。高濃度乳房が多いアジア人女性の乳がん検診を考える上で、日本から示されたエビデンスとして注目されたのだと思います。
J-STARTは、乳房超音波検査を用いた大規模な乳がん検診のランダム化比較試験として世界で初めて実施され、2015年の最初の結果と2026年の長期追跡結果が、ともに『The Lancet』に掲載されました。
──専門家が論文を検討する査読も厳しかったのか。
原田氏:とても厳しかったです。
通常、査読者は2人程度ということもありますが、今回は5人の査読者からコメントが来ました。統計の専門家も含まれていて、非常に専門性の高い方々が査読していると感じました。
共著者が数えたところ、コメントは88項目ありました。それに2週間で回答する必要がありました。共著者の先生方と相談しながら、一つずつ検討して回答しました。
──臨床を続けながら、それだけの修正に対応するのは大変だった。
原田氏:本当に大変でした。
大学病院で手術や外来などの臨床を行いながら、研究も進めています。臨床業務を休むわけにはいきません。その中で、短期間に多数のコメントへ対応しなければならなかったので、当時の記憶があまりないくらいです。
ただ、専門家からの指摘に一つずつ答え、論文として発表できたことには大きな意味があったと思います。(続く)