研究

悪性度が高い乳がんの鍵は「必須アミノ酸」

BCAA代謝が、再発や転移の原因となるがん幹細胞を制御

胸に両手を当てる女性の上半身。
トリプルネガティブ乳がんは、再発や転移を起こしやすい治療が難しい乳がんとして知られる。画像はイメージ。(写真:Adobe Stock)

 トリプルネガティブ乳がんは、有効な分子標的薬が少なく、再発や転移を起こしやすい治療が難しい乳がんとして知られている。

 今回、この乳がんで、必須アミノ酸の一種である「分岐鎖アミノ酸(BCAA)」の細胞内濃度が、再発や転移の原因となる「がん幹細胞」の性質を左右していることが明らかになった。

 京都大学医生物学研究所などの研究グループが2026年7月に発表した。

細胞ごとのBCAA濃度が悪性度を左右

乳房内の腫瘍を示した、乳がんの医療イメージ図。
トリプルネガティブ乳がんでは、再発や転移に関わるがん幹細胞の性質にBCAA代謝が関係する可能性が示された。画像はイメージ。(写真:Adobe Stock)
  • トリプルネガティブ乳がんでは、再発や転移、治療抵抗性に関わるがん幹細胞の性質を理解することが重要になる。
  • BCAAはタンパク質の材料になるだけでなく、細胞の増殖や分化を調節する働きも持つとされる。
  • 研究グループは、生きた細胞1個ごとのBCAA濃度を測定できるバイオセンサー「OLIVe」を用いて解析した。

 がん組織には、「がん幹細胞」と呼ばれる一部の細胞が存在する。がん幹細胞は、自ら増殖して新たな腫瘍を作り出す能力を持ち、再発や転移、治療への抵抗性に深く関わると考えられている。

 そのため、がん幹細胞を維持する仕組みを明らかにすることは、新しい治療法の開発につながる重要な課題だ。

 がんの研究では、遺伝子の異常だけでなく、細胞内の代謝もがん幹細胞の性質に影響することが分かってきた。代謝とは、細胞が生命活動を維持するために、物質を作ったり分解したりする仕組みを指す。

 そうした中でも、分岐鎖アミノ酸として知られるBCAA(バリン、ロイシン、イソロイシン)は、タンパク質の材料となるだけでなく、細胞の増殖や分化を調節する働きも持つとされる。白血病や膵がんなどではBCAA代謝の異常が悪性化に関わることが報告されていたが、乳がんで細胞ごとのBCAA濃度がどのような意味を持つかは分かっていなかった。

 研究グループは、生きた細胞1個ごとのBCAA濃度を測定できるバイオセンサー「OLIVe」を用いて、トリプルネガティブ乳がんを解析した。

 これまでBCAAを測定するには数万個以上の細胞が必要だったが、この技術により、腫瘍内で細胞ごとに異なるBCAA濃度を直接調べられるようになった。

BCAAを「作り分解する」代謝のバランスが鍵

周囲の組織に広がるがん細胞を示した顕微鏡風のイメージ図。
BCAA濃度が高い乳がん細胞ほど、がん幹細胞としての性質や腫瘍形成能力が強いことが示された。画像はイメージ。(写真:Adobe Stock)
  • 同じ腫瘍の中でも細胞ごとにBCAA濃度は異なり、BCAA濃度が高い細胞ほどがん幹細胞としての性質が強いことが分かった。
  • 悪性度の高いタイプでは、BCAAを作る酵素BCAT1の働きが強まり、分解に関わるBCKDHcの働きが抑えられていた。
  • BCAA代謝のバランスを制御することが、トリプルネガティブ乳がんの新たな治療法につながる可能性がある。

 解析の結果、同じ腫瘍の中でも細胞ごとにBCAA濃度が大きく異なっていた。さらに、BCAA濃度が高い細胞ほど、新たな腫瘍を作り出す能力が高く、がん幹細胞としての性質が強いことが分かった。

 その仕組みも明らかになった。悪性度の高い「claudin-low型(クローディン・ロー型)」のトリプルネガティブ乳がんでは、分岐鎖ケト酸からBCAAを作る酵素「BCAT1」の働きが強まる一方、BCAAの分解経路に関わる酵素複合体「BCKDHc」の働きは抑えられていた。その結果、細胞内のBCAA濃度が高く保たれ、がん幹細胞としての性質や腫瘍形成能力が維持されていた。

 実際にBCAT1の働きを抑えると腫瘍形成は低下し、逆にBCKDHcの働きを回復させても、がん細胞の増殖は抑えられた。また、ヒト乳がんではBCAT1の発現量が高い患者ほど予後が悪いことも確認された。

 今回の研究は、BCAAを作る働きを抑え、分解を促すような代謝制御が、トリプルネガティブ乳がんの新たな治療法につながる可能性を示した。一方で、今回の解析の多くは培養細胞を用いており、患者由来のがん細胞での検証や、BCAAがどのようにがん幹細胞の性質を制御しているかの解明が今後の課題として挙げられている。

参考文献

乳がんの悪性度を決める代謝バランス―細胞内BCAA濃度によるがん幹細胞の制御―(京都大学)
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2026-07-09

Matsuura K, Shinonaga R, Yamamoto M, Yamamoto Y, Chen H, Maeno A, Okuda K, Inoue H, Imotani S, Glushka J, Miki K, Watanabe Y, Takada M, Kaji H, Inoue JI, Hattori A, Imamura H, Ito T. Distinct metabolic dependency on BCAA defines cancer stemness and malignancy in human triple-negative breast cancer. Cell Rep. 2026 Jul 8;45(7):117630. doi: 10.1016/j.celrep.2026.117630. Epub ahead of print. PMID: 42418320.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42418320/

星良孝

この記事の執筆者

星良孝

PRENOVO編集長。東京大学農学部獣医学課程卒。日経BPにて「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集・記者を担当後、エムスリーなどを経て2017年にステラ・メディックスを設立。ヘルスケア分野を中心に取材・発信を続ける。獣医師。

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