胃がんリスクを測る「ABC分類」が定着しづらい理由とは、帝京大学の濱島ちさと教授に聞く Vol.3

判明したリスクが低くても高くても検診から遠ざかるジレンマが存在 

濱島ちさと(はましま・ちさと)氏。帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。(写真:編集部)
濱島ちさと(はましま・ちさと)氏。帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。(写真:編集部)

 胃がん検診では内視鏡検査の位置づけが強まる一方で、実施できる人材や設備には限りがあり、限られた医療資源を誰にどう配分するかが課題として残る。そこで注目されているのが、受診者のリスクに応じて検診方法や間隔を調整する「リスク層別化」だ。血液検査などでピロリ菌感染や萎縮性胃炎を推定し、ハイリスク群を抽出する――いわゆる「ABC分類」は、その代表例として自治体でも推進された。しかし現実には、検診プログラムとして定着しきれなかった。なぜうまくいかなかったのか。引き続き帝京大学医療技術学部看護学科教授の濱島ちさと氏に、胃がん検診の次の形について聞く。(聞き手/PREVONO編集長 星 良孝)

──「リスク層別化」が注目される。

濱島氏:私が今、日本医療研究開発機構(AMED)の研究費を受け、大きな仕事として取り組んでいるのが、胃がん検診へのリスク層別化の導入に関する研究です。

 既にリスク層別化を実践する方法として、いわゆる「ABC分類」があります。

 ABC分類は、ピロリ菌感染の有無、そして萎縮性胃炎(いしゅくせいいえん)の進行度合いを、血液などのバイオマーカー検査で捉えて、リスクの高い人を見つけようとする考え方です。

※ABC分類は、血液検査で測定するピロリ菌抗体(ヘリコバクター・ピロリ菌の抗体)と、胃粘膜の萎縮の程度を反映するとされるペプシノゲン(PG)検査を組み合わせ、胃がんのリスクをA〜D群に分類する方法。

──ABC分類は、検診の方法としては主流にはなっていない。

濱島氏:問題は、検診としての評価が不十分なまま現場に入った点です。

 胃がんのリスクの高さが測れるにしても、その意味するところは「いつか将来がんになるかもしれない」という話になります。そうなると、今すぐに行動を変えるような次のアクションに結びつきにくいのです。

 検診のプログラムとして導入したけれども、リスクが分かった後に何をするのかという次の打ち手も制度として設計されないといけないのです。

──「リスクを示す」だけでは、人は動かない。

濱島氏:その通り。

──実際、研究でもABC分類にとって厳しい結果が出た。

濱島氏:最近は、国内で出た小規模なRCTの結果を見ると、ABC分類の成績は胃X線検査とほぼ同等か、むしろ悪いくらいです。

※RCTとは、ランダム化比較試験のこと。参加者をくじ引きのようにランダムに2つ以上のグループに分け、ある検査や治療を「行うグループ」と「行わない(または別の方法を行う)グループ」で結果を比べて、安全性や効果があるかを確かめる研究。

 少なくとも一部のデータからは、胃X線検査を明確に上回るような結果は見えにくいです。

──リスクの情報がうまく生かされない。

濱島氏:リスク層別化をすると、受診者の心理にも影響が出てきます。

 「リスクが低い」と言われれば「じゃあ受けなくてもいい」となりやすいし、「リスクが高い」と言われれば怖くなって避ける人もいる。つまり、結果が低リスクでも高リスクでも、受診行動を抑制する方向に働き得る、というジレンマがあります。リスクが分かっても、人がそのリスクに従って行動してくれるとは限らないのです。

──それがABC分類が定着しづらい背景にある可能性。

濱島氏:あなたはこの程度のリスクだから1年後、あなたは2年おき、あなたは内視鏡、あなたは胃X線検査、と細かく受け方を分けると、かえって人を検診から遠ざけてしまうのです。

──どのように検査を運用するかが課題。

濱島氏:国際的に増えているのは、もうちょっと実践的に、既に確立している検診方法を前提に、提供の仕方を変えていく研究です。

 考え方としてはABCと同じく、「リスクで分ける」という発想ですが、「どう運用するか」に気を付けます。

 例えば、まず一度は内視鏡で胃の状態を正確に見て、感染や萎縮の程度を評価した上で、リスクの高い人と、そうでもない人、あるいは感染していないと判断できる人を分けていく、という設計が現実的だと思います。

 本人の申告には不確実さもあります。除菌したと言っても除菌が成功したかどうかを確認していない人もいるし、そもそも「ピロリ検査を受けたこと」と「除菌したこと」を混同している人もいる。そういう状況を考えると、まず一度は内視鏡で胃の状態を正確に見て判断する意義は大きい。

──その上で、検査の受け方を調整する。

濱島氏:内視鏡を一度きちんと行って、リスクが高い人とそうでない人を分けたうえで、リスクの高い人たちには、今の方針どおり2年おきに確実に受けてもらう。逆に、そうでもない人たちについては、検診間隔をどの程度延ばせるかを検討する余地があります。

 例えば、これまで2年おきに受けてきた人を、節目ごとに5年に1回にするとか、場合によってはさらに長くできないかといったことが研究しています。

──頻度を落とすことが、検診の効果を下げるのではなく、必要な人に必要な検査を行うという発想。

濱島氏:限られた資源の中で、本当に必要な層に検査を行うわけです。(続く)

プロフィール

濱島ちさと(はましま・ちさと)氏

濱島ちさと(はましま・ちさと)氏。帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。(写真:編集部)
濱島ちさと(はましま・ちさと)氏。帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。(写真:編集部)

帝京大学医療技術学部看護学科教授(保健医療政策分野)。帝京大学大学院医療データサイエンスプログラム兼任教授。医学博士(岩手医科大学、公衆衛生学)。専門分野は、がん検診、医療技術評価(HTA)、臨床疫学、公衆衛生学。1983年に岩手医科大学医学部を卒業後、同大学大学院で公衆衛生学を専攻し博士課程を修了。癌研究会附属病院検診センター医員を経て、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室助手、聖マリアンナ医科大学予防医学教室専任講師などを歴任。2003年より国立がんセンター(のち国立がん研究センター)で検診評価・がん情報分野の要職を担い、がん予防・検診研究センター/社会と健康研究センターにおいて検診評価研究室長などを務めた。2018年から現職。国立がん研究センターのがん検診ガイドライン作成に2003年から関わり、2018年からは文献レビュー委員会委員長としてガイドライン作成の基盤整備にも携わる。IARC(国際がん研究機関)のハンドブック作成(乳がん・大腸がん・子宮頸がん領域)等に参画。学会活動では、日本消化器がん検診学会理事などを務め、第59回日本消化器がん検診学会大会(JDDW2021)では大会長を務めた。日本学術会議連携会員。

星良孝

この記事の執筆者

星良孝

PRENOVO編集長。東京大学農学部獣医学課程卒。日経BPにて「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集・記者を担当後、エムスリーなどを経て2017年にステラ・メディックスを設立。ヘルスケア分野を中心に取材・発信を続ける。獣医師。

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