研究

住む地域の環境とがんリスクに関連、複数の農薬の影響を受けやすい地域で平均150%高く

31種類の農業用化学物質の推定曝露と15万人超のがん患者データを解析

農地と集落が広がる田園地帯の風景。
農薬への曝露は、農地周辺の地域環境や住民の健康リスクを考える上でも重要になる。画像はイメージ。(出典:Adobe Stock)

 農業で使われる複数の農薬への環境曝露が多い地域では、がんの発症リスクも高い可能性があることが、ペルー全国を対象とした研究で示された。

 フランスのパスツール研究所、フランス国立持続可能開発研究所(IRD)、トゥールーズ大学、ペルー国立腫瘍研究所などの研究チームが2026年4月に報告した。

31種類の農薬汚染と15万人超のがん患者を比較

整列した作物の畑で、農薬を散布する農業用車両。
複数の農薬への環境曝露が多い地域では、がんリスクが高い可能性が示された。画像はイメージ。(出典:Adobe Stock)
  • ペルーで使われる31種類の農業用化学物質について、2014~2019年の環境中での広がりを推定した。
  • 15万人を超えるがん患者の地域データと比較したところ、農薬にさらされることが多いと推定された地域では特定のがんのリスクが平均150%高かった。
  • 農業従事者や先住民の地域では、平均12種類の農薬に高濃度で同時にさらされていると推定された。

 農薬は農作物だけでなく、水や土壌などを通じて環境中にも広がる。実際には一つの農薬だけに触れるとは限らず、複数の農薬に同時にさらされることもある。

 これまでの研究では、一つの化学物質を個別に調べる方法が多く、現実の生活環境で経験する可能性がある、複数の農薬にさらされた場合に健康にどう影響するかを調べるのは難しかった。

 今回の研究では、ペルーで農業に使われている31種類の化学物質について、2014~2019年の6年間に、環境中でどのように広がったかを推定した。これら31種類はいずれも、WHO(世界保健機関)によって「人への発がん性が確認された物質」には分類されていない。

 研究チームはこのデータから、農薬にさらされやすいと考えられる地域を細かく地図化した。さらに、2007~2020年にがんと診断された15万人を超える患者の地域データと照らし合わせた。

 その結果、農薬にさらされやすいと推定された地域では、特定のがんにかかるリスクが平均150%高いという関連が確認された。「150%高い」は、リスクが平均で約2.5倍に相当する。

 特に農業に従事する人や先住民の地域では、複数の農薬に同時にさらされる傾向が見られた。研究チームによると、こうした人々では平均して12種類の農薬に、高い濃度で同時にさらされていると推定された。

農薬の「組み合わせ」が細胞に影響する可能性

農地で作物に農薬を散布するトラクター。
農業で使われる農薬は、土壌や水などを通じて環境中に広がることがある。画像はイメージ。(出典:Adobe Stock)
  • 分子解析では、農薬にさらされることによって細胞が正常な性質を保つ仕組みが乱れる可能性が示された。
  • 単一の農薬だけでなく、複数の農薬に同時にさらされることや長期的な影響を考える必要がある可能性がある。
  • 地域単位の関連を調べた研究であり、農薬が特定のがんを直接引き起こしたと証明したものではなく、因果関係の検証が必要。

 研究チームは、地域ごとのがん発症との関連だけでなく、農薬が細胞にどのような影響を与える可能性があるかも調べた。

 特に注目されたのが肝臓だ。肝臓は体内に入ったさまざまな化学物質を処理する臓器で、環境中の化学物質の影響を受けやすい。

 分子レベルの解析では、農薬にさらされることによって、細胞が正常な働きや本来の性質を保つための仕組みが乱れる可能性が示された。こうした変化は、がんができる前の段階から起こり得るという。

 その状態が続くと、感染や炎症など別の要因が加わった際に、細胞ががんにつながる変化を起こしやすくなる可能性があると研究チームは考えている。

 今回の結果が示しているのは、特定の農薬一つだけを見ればよいとは限らないという点だ。現実の生活では複数の農薬に同時に触れるため、その組み合わせや長期間の影響まで考える必要がある。

 一方、この研究は、地域ごとの農薬汚染とがん発症を結びつけて解析したもので、個々の患者がどの農薬にどれだけさらされたかを直接測定した研究ではない。農薬が特定のがんを直接引き起こしたと証明したものでもなく、因果関係については今後さらに検証が必要となる。

 PREVONOでは2026年4月、若い肺がん患者で果物や野菜などの摂取が多かったという米国の学会報告を紹介し、その背景として農薬や除草剤への残留曝露が一つの仮説として挙げられていることを伝えた。ただし、その研究では農薬を直接測定しておらず、果物や野菜そのものが肺がんリスクを高めると示したものではなかった。

 今回の研究は、複数の農薬とがんとの関連を全国規模で示し、細胞への影響も検討したものだ。農薬を含む環境要因とがんとの関係を考える上で注目される結果となった。がん予防を考える上で参考となる可能性もある。

参考文献

Pesticides and Cancer: A Study Reveals the Biological Mechanisms Behind an Environmental Health Risk(Institut Pasteur)
https://www.pasteur.fr/en/press-area/press-documents/pesticides-and-cancer-study-reveals-biological-mechanisms-behind-environmental-health-risk

若い肺がん患者で「健康的な食事」が多い傾向 農薬残留が新たな仮説に(PREVONO)
https://prevono.net/research/1297/

星良孝

この記事の執筆者

星良孝

PRENOVO編集長。東京大学農学部獣医学課程卒。日経BPにて「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集・記者を担当後、エムスリーなどを経て2017年にステラ・メディックスを設立。ヘルスケア分野を中心に取材・発信を続ける。獣医師。

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