2026年9月4日、熊本市で、第67回日本人間ドック・予防医療学会学術大会が開幕した。
初日に行われた会長講演と理事長講演では、健診で得た情報をどう行動につなげるか、そして人間ドックそのものを今後どう変えていくかが語られた。
吉田稔氏「健康情報を、実際の行動につなげる予防医療へ」
会長講演で、健診で得た健康情報を精密検査や生活改善につなげる重要性を語る吉田稔氏。(写真:編集部)
- 健診は結果を伝えるだけでなく、精密検査や生活改善など、実際の行動につなげることが重要。
- 受診できない背景には仕事や介護、費用や時間などさまざまな事情があり、一人ひとりに応じた支援が求められる。
- AI・DXや健診データも活用し、病気の発見からその後の生活支援までつなげる予防医療を目指す。
会長講演「旅の終わりから眺める予防医療」では、日本赤十字社熊本健康管理センター所長の吉田稔氏が、血液内科から予防医療へと歩んできた自身の経験を振り返りながら、これからの健診の役割を幅広く語った。
中心にあったのは、健診で得られる「健康情報」をどう生かすかという視点だ。健診で得られる健康情報には、病歴や検査結果など、取り扱いに十分な配慮が必要な情報が含まれる。個人情報保護やセキュリティーを徹底する必要がある。その一方で、厳格に守るだけではなく、本人の健康を守るためにどう使うかも重要になる。
健診で異常が見つかった人を精密検査につなげることは大きな課題だ。人間ドックや健診では、血液検査や画像検査、生活習慣など、多くの健康情報が集まる。しかし、検査をして結果を返すだけでは、病気の予防や早期治療には十分につながらない。
大腸がん検診では、便潜血検査で精密検査が必要と判定されても、その後の受診につながらない人がいる。特に職域では、仕事を休めないことなどが受診の妨げになる場合があり、本人への通知だけでなく、企業側の理解や協力も必要になるという。
講演では、受診しない背景を単に「健康への関心が低い」と見るのではなく、「お金と時間と命」という現実的な問題として捉える視点も示された。「健康行動に影響する理由は多様だ」と吉田氏。仕事で忙しい人だけではなく、家族の介護を担う人や、家族の世話などを担うヤングケアラーなど、健康行動を妨げる事情は人によって異なる。そのため、健康情報を分かりやすく伝えるコミュニケーションも予防医療の重要な技術になると吉田氏は強調した。健診スタッフが受診者役を経験する研修などを通じ、「どう伝えれば精密検査や生活改善につながるか」を考える取り組みも紹介された。
さらに、認知症、歯科、がん治療後の就労やリハビリテーション、女性の健康などにも話は広がった。共通するのは、病気を見つけるところだけで予防医療を終わらせず、その後の生活や行動まで支えるという考え方だ。
AIやDXについても、単に新しい技術を導入するのではなく、健診の現場で実際に活用し、誰に役立つのか、本当に予防につながるのかを検証する必要性が示された。さらに、健診で蓄積される健康情報を保険者などに還元し、予防に生かしていく「データヘルス」の重要性にも言及した。
吉田氏の講演から見えるのは、健診を「健康情報を集める場所」から、「情報を本人の理解や行動、精密検査、生活支援につなげる場所」へ変えていく方向性だ。
荒瀬康司氏「一律の健診から、一人ひとりに合わせた人間ドックへ」
理事長講演で、一律の健診から一人ひとりに合わせた人間ドックへの転換を示した荒瀬康司氏。(写真:編集部)
- 人間ドックには、病気を防ぐ「一次予防」と、早期発見・治療につなげる「二次予防」の両方の役割がある。
- 全員に同じ検査を行うのではなく、一人ひとりのリスクや背景に合わせた健診へ変えていく必要がある。
- 科学的根拠を重視し、健診施設や医療従事者、受診者、行政・保険者、社会が連携して健康を支えることが重要。
続く理事長講演「現在の日本における人間ドック健診の意義」では、虎の門病院健康管理センター・画像診断センター顧問の荒瀬康司氏が、人間ドックの原点と、これからの方向性を示した。
荒瀬氏がまず強調したのは「健康は宝」という考え方だ。人間ドックは病気を見つけるだけではなく、生活習慣の改善などによって病気の発症を防ぐ「一次予防」と、健診・検診によって病気を早期に見つけ、治療につなげる「二次予防」の双方を担う場として位置づけた。人間ドックを提供する上では、「安心・安全・安定」が重要になるという。健康な人も受ける検査だからこそ、安全であることに加え、不安なく受けられ、毎回一定の質を保つことが求められる。
さらに「Customer Focus」、受診者第一主義という考え方も示された。検査を提供する側の都合ではなく、受診者を中心に人間ドックのあり方を考える必要性を強調した。
その上で荒瀬氏は、医療が情報化や個別化の方向へ変わる中、人間ドックも「全員に同じ検査をする」形から、「各個人に合わせた健診」へ進む必要があると説明した。
一人ひとりのリスクや背景は異なるため、必要な健診のあり方も個人に合わせて考えていく必要がある。そこで、これからの人間ドックについて「Why・What・How」で考え、存在意義を「予防により多くの人の健康を守る」、目指す姿を「各個人に合わせた健診」とし、その実現策として「ペンタゴン戦略」を示した。ペンタゴンを構成するのは、健診施設、予防医療従事者、健診受診者、行政・保険者・他学会、社会の5者だ。一つの健診施設だけで健康寿命を延ばすことは難しく、それぞれがつながることが必要になる。
その土台として重視されたのが科学的根拠だ。新しい検査だから導入するのではなく、何を見つけられるのか、誰に役立つのか、その有用性や対象となる人を科学的根拠に基づいて判断する必要がある。
他学会との連携例として、日本肝臓学会の「奈良宣言2023」と「ALT Over 30」も紹介された。健診で肝機能異常を見つけた後、かかりつけ医や専門医へどうつなぐかまで含めて考える取り組みで、人間ドックを病気の発見だけで終わらせない方向性を示す例となる。
吉田氏の会長講演が、健康情報をどう本人の行動や人生の支援につなげるかを描いたのに対し、荒瀬氏の理事長講演は、人間ドックという仕組みそのものをどう発展させるかを示した内容だった。
両講演に共通していたのは、健診を受けて結果を返すだけでは予防医療として十分ではないという視点だ。健康情報を生かし、必要な人を精密検査や適切な支援につなげること。そして、科学的根拠に基づき、一人ひとりに合った予防へと変えていくことが、これからの人間ドックに求められている。