AIに関する研究を引き続き見ていく。前回は、超音波内視鏡の画像をはじめ、複数の情報から膵臓がんの可能性を推定するAIの研究を紹介した。
今回は、血液をはじめとする体液に含まれる情報をAIで総合的に解析し、一度の検査で複数のがんの兆候を捉える技術の進展をまとめた論文について取り上げる。
中国の研究グループが2026年6月に発表した。
体液に残る「がんの痕跡」を組み合わせる
血液中のDNAやRNAなどを調べるリキッドバイオプシーは、多がん種早期検出の中心技術として注目される。画像はイメージ。(出典:Adobe Stock)
血液などの体液には、がん細胞から放出されたDNAやRNA、タンパク質、代謝物、細胞外小胞など、がんの手掛かりとなる情報が含まれる。
早期がんが放出する物質はごく少なく、加齢や炎症、良性疾患でも似た変化が起こるため、複数の分子情報を組み合わせる必要がある。
AIは大量の生体情報を統合し、がんの兆候があるかだけでなく、どの臓器に由来する可能性が高いかを推定する技術として期待されている。
がん検診は、乳がんのマンモグラフィーや大腸がんの便潜血検査など、臓器ごとに異なる方法で行われるのが一般的だ。
一方、膵臓がんや卵巣がんなど、一般集団を対象とした有効な検診法が十分に確立していないがんも少なくない。複数のがんを一度に調べる早期検出は、こうした検診の空白を補う技術として注目されている。
中心となるのが、採血などで得た体液を調べるリキッドバイオプシーだ。
血液中には、がん細胞から放出された「循環腫瘍DNA」のほか、RNAやタンパク質、代謝物、細胞外小胞、血液中を巡るがん細胞など、さまざまな物質が含まれている。これらには、がんの存在を示す手掛かりが残されている。
例えばDNAでは、遺伝子変異だけでなく、遺伝子の働きを調節する「メチル化」と呼ばれる化学的な変化や、DNAがどのような長さで、どの位置で切れているかという特徴も調べられる。こうした複数の情報を組み合わせることで、がんの兆候をより正確に捉えられる可能性がある。
ただし、早期がんが血液中に放出するDNAなどの量は極めて少ない。さらに、加齢や炎症、良性疾患でも似た変化が生じるため、がんによる変化かどうかを見分ける必要がある。このため、一つの指標だけで判断するのではなく、DNAやRNA、タンパク質など複数の分子情報を組み合わせて解析する「マルチオミクス解析」が重要になる。
AIは、これらの大量かつ複雑な情報から、人の目では捉えにくい組み合わせを学習する。血液中にがんの兆候があるかを判定するだけでなく、その信号が肺、肝臓、膵臓など、どの臓器のがんに由来する可能性が高いかを推定する技術も開発されている。
「偽陽性対策」「発生部位の推定」が重要
多がん種早期検出の実用化には、検査法の標準化や偽陽性への対応が課題となる。画像はイメージ。(出典:Adobe Stock)
多がん種早期検出では、DNAメチル化や遺伝子変異、RNA、タンパク質などをAIで統合し、微弱ながんの兆候を捉える研究が進んでいる。
がんの頻度が低い集団では、特異度が高い検査でも偽陽性が一定数生じるため、陽性後の追加検査や診断経路の設計が課題になる。
実用化には、検査手順の標準化や多様な集団での前向き研究により、進行がんや死亡率を減らせるかを検証する必要がある。
多がん種早期検出では、DNAメチル化や遺伝子変異、DNA断片化、RNA、タンパク質などをAIで統合し、一つの指標だけでは捉えにくいがんの兆候を検出する研究が進んでいる。遺伝子変異と血中タンパク質を組み合わせた研究では、8種類のがんに対する感度の中央値が70%、特異度が99%超と報告された。ただし、対象は主に転移のない診断済みの患者であり、一般集団の検診で同じ性能が得られるとは限らない。
がんそのものが放出する物質だけでなく、がんに反応して生じる免疫系の変化も重要な情報となる。腫瘍周辺では免疫細胞の構成や働きが変わり、血液中のサイトカインや抗体、免疫細胞由来の分子にも変化が生じるため、こうした宿主側の反応を組み合わせれば、腫瘍由来DNAが少ない段階でもがんの兆候を捉えられる可能性がある。
一方、実際の検診では偽陽性が課題となる。がんと診断されていない65~75歳の女性1万6人を対象とした前向き研究では、特異度は98.9%と高かったが、陽性者のうち実際にがんが見つかった割合である陽性的中率は19.4%であった。がんの頻度が低い集団では、特異度が高い検査でも陽性者の多くが偽陽性となり得る。
別のDNAメチル化検査の臨床検証でも、特異度は99.5%と高精度だったが、単純計算でがんのない1000人中約5人は誤って陽性と判定される計算になる。検診対象が数万~数百万人規模に広がれば、追加検査を受ける人数も無視できない規模になる。
同じ臨床検証では、真にがんが見つかった人について、がんシグナルの発生部位を正しく予測できた割合は88.7%だった。がんの発生部位の推定は、偽陽性そのものを減らすものではないが、陽性となった後にどの臓器を画像検査や組織検査で詳しく調べるべきかを絞り込む上で重要だ。
実用化には、感度と特異度を高めるだけでなく、がんの発生部位の推定精度や陽性後の診断経路を確立する必要がある。AIの性能が年齢、人種、生活習慣などの違いに左右される可能性もあるため、検査手順を標準化し、多様な集団を対象とした前向き研究で、進行がんや死亡率を減らせるかを確かめることが重要だ。
体液に含まれる腫瘍と免疫の情報をAIで統合する技術は、既存の臓器別検診を補い、検診法が乏しいがんの早期発見につながる可能性がある。社会実装に向けては、検査精度に加え、診断や治療への接続、費用対効果、個人情報の保護まで含めた検証が欠かせない。